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冥王星の起源と太陽系外縁部の構造
冥王星軌道と海王星軌道の関係冥王星の軌道は、傾いていて歪んでいる (遠日点半径は近日点半径の1.7倍くらいもある) ということの他に、海王星の軌道周期のぴったり1.5倍の軌道周期を 持つという特徴があります (軌道半径の比は、周期比1.5の2/3乗で1.3の比になります)。 つまり、平均軌道半径が30.0天文単位(1天文単位は太陽と地球の距離)の 海王星が3周公転する間に、平均軌道半径39.5天文単位の 冥王星はぴったり2周公転します。このような状態を 3:2の共鳴状態と呼びます。 冥王星は軌道が歪んでいるため、 時として海王星軌道の内側に入ってきますが、 3:2の共鳴状態のため、海王星軌道の内側に入ってくるときには 常に海王星は太陽をはさんだ反対側にいることになって、 冥王星と海王星は軌道が交差しているにも関わらず 決して近づきません。このことによって、冥王星軌道は安定に 保たれているのです。 冥王星はなぜこんな特殊な軌道をしているのでしょうか? 偶然でしょうか? 特殊な軌道だったからこそ生き残っている のだという考え方もできるかもしれません。 しかし、1992年のジェウィットとルウ(文献[1])による発見以来、 冥王星以外の海王星軌道以遠の小天体が続々と発見されました。 海王星軌道以遠の小天体は、実際に発見されるよりずっと以前の 19世紀頃から Trans-Neptunian Objectsと呼ばれていました。 以下では TNOsという略称を用いることにします。 驚くべきことに、発見されたTNOsの多くは、冥王星と同様に軌道が歪んで、 冥王星とほぼ同じ軌道周期をもっていて、 海王星との3:2の共鳴状態に入っていたのです。 これらの小天体群は "plutinos"と呼ばれています(文献[2])。 冥王星は孤立した天体ではなく、"plutinos"の代表選手だったわけです。 さらに驚くべきことは、冥王星軌道より遠くには多数の TNOs が発見 されたのですが(これらは古典的カイパーベルト天体とよばれ、 plutinos と合わせて"カイパーベルト天体"とよばれてきました)、 冥王星軌道の内側にはごくわずかしか 発見されていません。冥王星軌道の内側には軌道が (歪んでいなければ)安定である領域が広くひろがっているのにです。 ![]() 海王星の移動と冥王星の軌道進化冥王星や"plutinos"の軌道はどうして、 海王星の3:2の共鳴位置(39.5AU)に集中し、 歪んでいるものが多いのでしょうか? (軌道面が傾いていることについては詳細な議論がありますがここでは 省略します; 文献 [3,4,5]などを参照)。 1993年にアメリカのレニュー・マハトラは、 海王星が形成後に何らかの理由で外側に移動し、その移動の途中で 冥王星を3:2の共鳴位置にはめこんで、そのままひきずっていったという 大胆な説を発表しました(文献[6])。 3:2の共鳴半径は海王星の平均軌道半径の1.3倍にあるので、 海王星の軌道半径の増加にともなって3:2の共鳴半径も増加します。 3:2の共鳴では、毎回の会合で受ける海王星の重力の効果がいつも 同じで打ち消し合わないので、累積的効果が強くなります。 この効果によって、外側に移動する共鳴は出会った天体を 次々と捕らえてひきずる一方で、その天体の軌道をどんどん歪めていくのです。 歪みは、ひきずった距離に応じて大きくなります。 "plutinos"で一番歪んだ軌道をつくり出すためには、 海王星はもともと23天文単位くらいにあって、 現在の30天文単位まで移動したと考えなければなりません。 海王星が23天文単位から30天文単位まで移動すると、 3:2の共鳴半径は30天文単位から39.5天文単位まで 移動することになり、もともとその領域に ほぼ円軌道でまわっていた微惑星は最終的に 39.5天文単位に掃き集められることになります。はじめに どこにいたかで、ひきずられる距離が決まります。このことを使うと、 冥王星はもともと32.5天文単位あたりにあって、 そこではまだ他の微惑星も多数あり、冥王星はまだ形成途上でしたが、 海王星の3:2共鳴がやってきて、他の微惑星もろとも ひきずられていったのだと推定されます。 こう考えると海王星の3:2の共鳴位置(39.5AU)に多数の小天体が 集中していること、それらの多くの軌道が歪んでいること、 3:2の共鳴位置の内側にはほとんど小天体が発見されていないこと、 といった観測事実が見事に説明されます。他の説で、これほど 見事に観測事実と一致するものはないので、このマハトラに よる海王星移動モデルは冥王星や plutinos の起源のモデルとして、 いまでは疑う専門家は少なく、標準モデルとなっています。 このように、海王星が移動したことは間違いないと思われていますが、 そもそも、なぜ海王星が移動したかのメカニズムについては、 まだ決着はついていません。もっとも支持を集めている説は、 フェルナンデスとイプによって1984年に提案された、 残存微惑星散乱を通しての木星、土星、天王星、海王星の 角運動量交換です(文献 [7])。木星、土星、天王星、海王星がほぼ 形成されたあとに残存している微惑星を、 例えば海王星が重力で木星のほうにとばして、次は木星が散乱して天王星の ほうへというようなことを繰り返すと角運動量がこれらの4惑星の 間で次々と交換されます。それは結局、4惑星の軌道を拡散させます。 しかし、木星や土星は天王星、海王星より ずっと重く、あまり動かないので、もっぱら天王星、海王星軌道が外に 広がることになります。 実は3:2共鳴と同様に強い共鳴である2:1共鳴(47.7天文単位)には ほとんど小天体は捕まっていません。このことは海王星が どのように動いたのか、なぜ動いたのかを考える上で重要な 制約になります(文献[8,9])。 また、カイパーベルト天体の総量の観測データからの推定値は、 太陽系の水星から海王星までの材料固体物質の外挿値の1/100ほどしか ありません。このことも、海王星や冥王星、カイパーベルト天体の 形成を考える上で重要な制約になります(たとえば文献[10])。 散乱円盤と彗星の起源海王星がもともと23天文単位にあったとすると、 3:2の共鳴半径は30天文単位になりますが、共鳴の初期位置より内側にあった 微惑星はどうなったのでしょうか? これらは海王星に近付いて 強く散乱され、plutinos などよりはるかに軌道が大きく 歪んだと考えられます。さらに、海王星に近接散乱されたのだから いずれ海王星軌道まで戻ってきます。そしてまた散乱されると いうことを続けます。このような天体群は散乱円盤天体(scattered disk objects)と呼ばれています(文献[11])。 冥王星より大きく、第十惑星とも いわれた 2003UB313(文献[12])は散乱円盤天体に属します。 散乱円盤天体は、他の天体(通過する別の恒星や銀河系の 腕など)の影響を受けて軌道が 変わると、もはや海王星軌道までは戻ってこなくなって 太陽系外縁部をさまようオールト雲の彗星になってしまったり、 海王星軌道のずっと内側まで入りこむようになって 比較的短周期の木星族彗星になるのではないかと考えられています (たとえば文献[13])。 オールト雲の彗星は再び、他の天体の影響を受けて再度軌道が 変わって海王星軌道のずっと内側まで入りこむようになると、 長周期彗星として観測されます。 このように、太陽系外縁部の海王星、TNOs(冥王星、カイパーベルト天体、 散乱円盤天体)や彗星は、お互いに深く結び付き、 その軌道分布は、 かつて考えられていた以上にダイナミックであった太陽系の形成 プロセスを映し出しているのです。 文献[1] Jewitt, D.; Luu, J. 1993, Discovery of the candidate Kuiper belt object 1992 QB1, Nature 362, 730
[2] Jewitt, D.; Luu, J. 1996, The Plutinos, ASPC 107, 255 [3] Ida, S.; Larwood, J.; Burkert, A. 2000, Evidence for Early Stellar Encounters in the Orbital Distribution of Edgeworth-Kuiper Belt Objects, Astrophys. J. 528, 351 [4] Nagasawa, M.; Ida, S. 2000, Sweeping Secular Resonances in the Kuiper Belt Caused by Depletion of the Solar Nebula, Astron. J. 120, 331 [5] Kobayashi, H.; Ida, S. 2001, The Effects of a Stellar Encounter on a Planetesimal Disk, Icarus 153, 416 [6] Malhotra, R. 1993, The Origin of Pluto's Peculiar Orbit, Nature 365, 819 [7] Fernandez, J. A.; Ip, W.-H. 1984, Some dynamical aspects of the accretion of Uranus and Neptune - The exchange of orbital angular momentum with planetesimals, Icarus 58, 109 [8] Ida, S.; Bryden, G.; Lin, D. N. C.; Tanaka, H. 2000, Orbital Migration of Neptune and Orbital Distribution of Trans-Neptunian Objects Astrophys. J 534, 428 [9] Hahn, J. M.; Malhotra, R. 2005, Neptune's Migration into a Stirred-Up Kuiper Belt: A Detailed Comparison of Simulations to Observations, Astron. J. 130, 2392 [10] Levison, H. F.; Morbidelli, A. 2003, The formation of the Kuiper belt by the outward transport of bodies during Neptune's migration, Nature 426, 419 [11] Duncan, M. J.; Levison, H. F. 1997, A scattered comet disk and the origin of Jupiter family comets, Science 276, 1670 [12] Brown, M. E.; Trujillo, C. A.; Rabinowitz, D. L. 2005, Discovery of a Planetary-sized Object in the Scattered Kuiper Belt, Astrophys. J 635, 97 [13] Morbidelli, A. 2005, Origin and Dynamical Evolution of Comets and their Reservoirs, astro-ph/0512256 |